2012年5月25日金曜日

2005年以降の出生率上昇に注目!(2011年についての追記あり)

先週は、火曜日にセミナーで日本の出生率の変化と仕事と子育て関連の政策の変化について報告し、その後、日本の育児休業などの政策変化について書いた原稿に編者(イギリス人)からの質問への回答をつけて送付。

これで、最近集中して取り組んでいた日本に関する仕事は一区切り。今週は、オーストラリアでの調査関連の資料・文献を読んだり追加収集したりを再開しました。

今日のブログは、先週のセミナー報告の時に調べて重要だと思ったことについて、ちょっと紹介します。(グラフはKeynoteで作った当日のプレゼン用グラフです)

日本については、国立社会保障・人口問題研究所の人口統計資料集2012年版の表4-3,4-7,4-9のデータ

オーストラリアについては、オーストラリア統計局(Australian Bureau of Statistics)の
3105.0.65.001 Australian Historical Population Statistics, 2008のtable 5.4のデータを使っています。


「一人の女性が一生の間に生む子どもの数の平均」という表現で、毎年新聞の1面にその最新数値が掲載される「合計(特殊)出生率(Total Fertility Rate)」。
TrendsTFRAusJapan.012

この合計出生率は、実際に女性の一生をたどっているわけではなく、その1年の各年齢の女性の年齢別出生率(Age Specific Fertility Rate)の合計です。そして年齢別出生率とは、ある年齢の女性を母親とする1年間の出生数を、その年齢(10月1日時点)の女性の総数で割ったもの(年齢別出生率 )です。つまりある年の各年齢の女性が子どもを産む確率を、一人の女性の各年齢段階での出産確率に見立てて、その合計をその「仮の女性」の生涯の平均子ども数の指標とするわけです。

そして、この数が2004年に1.29になったということが2005年に発表され、年金問題と絡めて大きな話題になり、さらにその年の出生率が1.26まで下がり、しばらくの間、かなり悲観的な論調が支配したことがありました。(緑の線で示したオーストラリアの合計出生率はかなり高い水準です)

ところが、この数値はグラフのように、2005年から2010年にかけてほぼ上昇を続けています(08-09は横ばい)。毎年ちょっとずつの上昇が報じられるだけでしたし、結構変動するものなので、僕自身それほど注目してはいませんでした。しかし、今回改めて細かく見てみると、この5年の変化はもっと注目してもいいように思いました。

こちらの記事は、人口学者を中心にいろいろな専門家のコメントが載っていて、参考になります。

変化の内実の詳細な人口学的分析は、国立社会保障・人口問題研究所の金子隆一さんがされていますが、僕はシンプルに年齢別出生率の変化の実績に注目して見てみました。

上のグラフの合計出生率でみると、いったん沈んで再び上昇したということしか分からないのですが、下のグラフの年齢別出生率の変化を見ると、もう少し細かい変化が分かります。

TrendsASFR.020
表4-7のデータより

僕が一番興味深いと思ったのは、1985年くらいから一貫して低下してきた20代後半の年齢別出生率の低下が、2005年以降、少し上昇してほぼ横ばいになっていることです。70年代後半からいったん上昇しながら2000年を過ぎて低下していた30代前半も、再び上昇しています。30代後半は80年以降一貫して上昇していますね。

ASFRcurve2000_05_10.019
ついでに、1歳刻みのデータ(表4-9)を使って横軸に年齢をとったグラフを3年分比較しています。2000年、2005年と比べると、2010年ではピークが緩やかになって幅広い年齢層の女性が出産していることが分かると思います。

2005年以降のこの変化の原因はおそらく複合的なもので、特定することはかなり難しいのですが、ここ10年くらいの取り組みがそれなりの効果を生んできたのではないかと、感じさせる変化です。

育児休業制度は1992年に導入されて以降、雇用保険による所得の補填が加わり、さらに増額されたり、短時間勤務の制度化など、めまぐるしく変化しています。

調査や学生の就職活動の様子を通じて企業の取り組みを見ていると、2005年年前後から、急速に「仕事と子育ての両立」や「仕事と生活の調和(いわゆる「ワーク・ライフ・バランス」)」を明確に戦略の中に位置づける動きが活発になった印象があります。外資系を中心に早くからこうした取り組みを進めてきた会社はありましたが、2005年ごろの急速な変化とタイミング的に重なっているのが、「次世代育成支援対策推進法」の施行です。

2003年に成立したこの法律は、事業主に2005年からの計画を都道府県の労働局に提出することを義務づけています。また、男性の育休取得など、計画内容と達成状況に関しての条件を満たした企業を厚生労働大臣が「子育てサポート企業」として認定し、そのことを広報できるようにすることを制度化したものです。「くるみん」というキャラクターは結構有名になっているのではないでしょうか。

もちろん、内実が変わる保証はありませんが、少なくとも企業の中でこの取り組みをしなければならないという認識を高める上では、効果があるように感じます。2011年7月1日の時点で1000社以上が認定を受けたとのことで、企業のホームページを見てみると分かりますが、多くの企業がCSRのレポートや、採用情報の中で、この「くるみん」を使っています。

もっとも、制度を改めて見れば見るほど、多くの制度が「正社員」中心で、「期限を定めた契約」で働いている人や、多くのパートタイマー、自営業の人たちが、こうした取り組みから漏れているということも分かります。

こういう問題はありつつも、自分を含めて、これまで研究者もメディアも問題点ばかりを指摘して、うまくいったところを確認する作業がおろそかになりがちなこと考えると、こうした変化はもっと注目してもいいのではないかなと、今回のセミナーの準備を通じて強く感じました。

というわけで、珍しく自分の研究テーマの中心的な問題についての話になりましたが、こういうことはもたもたしていると時機を逸するなと思って、とてもおおざっぱな内容ですが、ブログにアップしてみました。

【6月8日追記】
6月5日、厚生労働省が、昨年分の人口動態統計月報年計を発表しました。新聞各紙も報じています。2011年は2010年と同じ1.39横ばいとのこと。新聞記事を見てみても、横ばいということが強調されていたり、それを受けて「少子化対策の練り直しが急務」ということが書かれています。仕事と生活を調和させられる社会、子育てしやすい社会作りを進める必要性に関しては、まったく異論はありませんが、元データを細かくみると、急にトレンドが変わってしまったような印象を与えるのは、得策でないように感じました。

母親の年齢別出生率についての詳細データは、以下のサイトの概況PDFのp.6の表4-1です。上のグラフの最新版といえるものがp.7の図2です。http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/jinkou/geppo/nengai11/index.html

30代以降の上昇傾向は変わらずでしたが、20代前半の低下幅が比較的大きかった様子です。日経新聞の記事にも30代以降の上昇傾向についはて同じことが書かれていましたが、20代をまとめて大きく低下(かつ出生「数」の記述と混ざっている)というのは、ちょっとミスリーディングかなと思いました。20代後半の年齢別出生率も低下はしていますが、0.4356から0.4349への低下です(1歳刻みの年齢別出生率を5歳分合計しているので、25-29歳の女性1人ずつ計5人に対してという値)。20代前半の低下はこれより大きく、30代以降の上昇を打ち消しているという感じです。ただ、完全に打ち消すほどの数字ではないなと思って、分かっている数字を活用してもう一桁下まで計算してみると、次のようなことが分かりました。
発表されている年齢別出生率(1歳刻みの結果を5歳ごとに合計したもの)が小数点以下第4位まで示されているので、それを合計して四捨五入し、小数点以下第3位まで見ると2010年1.387、2011年1.393でした。(報告されてる5歳分の合計自体が四捨五入された結果なので0.001程度の誤差はありえますが)
たしかに、四捨五入するとどちらも1.39ですが、上のブログ記事で書いた傾向は、何とか続いているといっていいように思います。

合計出生率のように値の小さい変化が意味を持つ議論の場合、四捨五入の結果の読み方には注意が必要ですね。仮に1.374-->.1.385-->1.394という変化があった場合、それぞれの間の上昇は0.011と0.009とさほど違いがないのですが、四捨五入すると、1.37-->1.39-->1.39となって「0.02の上昇から横ばい」と、変化が鈍った印象になりますから。(この数字は、実際の変化ではなく、あくまで分かりやすくするための極端な事例です)

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